銀の風

三章・浮かび上がる影・交差する糸
―40話・思いがけない反発―

ラムウで撃破したヒュージフリーズから、
リトラたちはいささか大きすぎる気もするシヴァの万年氷を手に入れた。
それからクークーとポーモルを迎えに行き、そのままその足で下山。
次なる目的地であるチョコボの森の裏山に行くために、
そのすぐ手前にある、ファブールのチョコボの森に向かった。
「山もさむかったけど、ここもけっこうさむいんだねー……。」
「そうですね……うぅ、何でこんなに地界は環境が悪いんでしょう?」
チョコボの森の裏山は、ホブス山に比べればはるかに楽な所だ。
だが今日は、あいにく到着時にはもう日が暮れかけていた。
そこで、今日のところは山のふもとにあるこの森でキャンプをし、
翌朝日が昇ってから登山することにしたのだ。
ちょうど今、ポーモルがそのことでこの森のチョコボと話をつけてくれているところである。
「(……と、いうわけなんです。ここでテントを張ってもいいですか?)」
「(ああ、かまわないよ。
……でも、あそこのズーとかそこのドラゴン君は、
私たちを襲ったりしないだろうねぇ?)」
初老のチョコボが、ひきつった顔ではるか遠くにいるクークーを見る。
巨体で肉食のズーは、チョコボにとって天敵の1つなのだ。
それにルージュも、この姿とはいえパープルドラゴン。
こちらも怖いことに変わりはないのである。
「(だ、大丈夫です。ここに来る前に、おなかいっぱい食べてますから。
それに後でズーのおなかが空いたら、
あそこの人達が食事を取っていい所まで連れて行きます。
ドラゴン君の方も、そんなむやみやたらに襲ったりしませんから。)」
「(なるほど、わかった。
でも悪いけれど、できれば仲間から見えないところに居させておいて欲しい。
どうしても、みんな怖がるからね。)」
ポーモルの説明で、とりあえずは納得してくれたようだ。
条件付ながらも、宿泊の許可をもらうことが出来た。
比較的安全な宿を手に入れることが出来たので、
ポーモルはほっと胸をなでおろす。
「(わかりました。無理を聞いてもらってすいません。
それじゃあ、仲間に伝えてきます。)」
ポーモルはチョコボの群れのリーダーに頭を下げると、
少し離れた場所にいるリトラ達の方に飛んできた。
「どうだった?」
“うん、大丈夫だって。あ……でもクークーとルージュ君だけは、
ちょっと群れから離れたところ寝るようにって。”
リトラにたずねられたポーモルは、結果をテレパシーで全員に伝えた。
結果はある程度予想していたらしく、リトラなどは驚きもしない。
一方。ペリドとジャスティスは、予想はしていたようだが少し表情を曇らせる。
アルテマやフィアスにいたっては、とても残念そうだ。
だが、種族の関係なのだから仕方がない。
「そっかー……。
クークー1人じゃかわいそうだし、今日はあたしそっちで寝ようかな。」
クークーをかわいがっているアルテマは、
一人寝は寂しいだろうと思ってそうつぶやく。
事実、彼は寂しがってテントを突き破った前科があるのだから、
一緒に居てやった方がいいと考えるのはごく自然なことだ。
「せやったら、うちも一緒に行くで。
クークーが一緒でも、一人じゃちょっと心配や。」
「えー、じゃあぼくもいっしょに行く〜!」
アルテマとリュフタがクークーの方に行くとなって、
当然のようにフィアスも名乗りを上げた。
仲のいいトリオなので、リトラも予想していたが。
「お前ら、ほんっとセット売りの特売品みたいだな。
でもフィアス、お前なー……。
いつものことだけどよ、女みたいなこと言うなよ。
お前男だろー?それじゃ情けねーぞー?」
仲良しグループじゃないと行動できない様子を、
リトラは軽くからかうつもりでそう言った。
もちろん、男らしくないといわれればフィアスは面白くない。
ほおを膨らませて、抗議する。
「ぶー……そんなことな」
「何よ〜!そんなのただ仲がいいだけじゃない!
あんたこそ男だっていうんなら、
そんなこといちいち気にすんじゃないわよ!!」
フィアスが自分で抗議しようと口を開いたとたん、
それをさえぎってアルテマが怒鳴った。
これには、フィアスはもちろん他の多くのメンバーも驚く。
「え?なんでアルテマおねえちゃんが怒っちゃうの!?」
「そ、そんなに怒らなくてもええやんか〜。」
リュフタがあわててとりなそうとするが、
怒鳴った勢いなのか、アルテマは聞く耳を持とうとしない。
「別に怒ってない!」
「あ〜……?十分怒ってるじゃねーか。
つーか、別におまえには言ってねーよ。」
彼女が急に会話に割って入ったことに呆れて、
リトラはうんざりした声で抗議する。
だが、この態度が気に喰わないのか、アルテマはさらに眉をつり上げる。
反面、言い過ぎたとでも思ったのか、
努めて落ち着こうとしているようにみえた。
「あ、あたしは単に性別とかそーいうのなんて、
どうでもいいって言いたかっただけなんだけど。」
どうにかつくろおうとしているが、
それでごまかせれば苦労はない。
すると、ここまで様子を見ていたナハルティンが、
場違いな笑顔でアルテマを見る。
「へ〜、でも、今一番性別にこだわってるのって、
そういってるあんたじゃないのー?
たかだか他人同士のかわい〜いじゃれあいでしょー?」
ナハルティンが、さらっと軽い口調で指摘する。
だがその言葉も声の抑揚も、明らかにからかっているものだ。
そして彼女の推測どおり、
その言葉が図星だったアルテマは顔を真っ赤にする。
「な、そんなことないって!!」
「いや……あるだろ。
つーか、物の例えにいちいち反応するなって……。」
勢いでどんどん加熱していったとはいえ、
いつもはこんな過剰反応することはないだけに、
リトラはやりにくそうに目をそらす。
目をそらした先では、ルージュが一人関心なさそうにあさっての方向を見ていた。
からかう気もないが、場を収める気もまるでないらしい。
見ると無性に腹が立つ光景だ。
「とにかく、あたしは男だの女だのって言うのは嫌いなの!
ほっといてよこのつり目!チビ!」
ナハルティンの言葉がよっぽど腹に据えかねたのか、
暴言まで吐き捨てるように言ってのけると、アルテマはくるっと背を向けた。
「あ、アルテマお姉ちゃん!待ってよ〜!」
“あ、ちょっと、アルテマちゃん?!”
我に返ったポ−モルが呼び止めようとするが、
アルテマは振り返りもせずに、ずんずんと大またで歩いていってしまう。
その後ろを、置いていかれかけたフィアスとリュフタが、あわてて追いかけていく。
「……アホかあいつ。
見た目の年が違うんだから、チビは当たり前だろ……。」
ポイントを外した暴言を聞いても、
妙に頭の芯が冷めていたリトラは余計にしらけてしまった。
勢いでとんでもない方向に話が行ってしまい、
呆然としたような空気がパーティの間に流れる。
「珍しいですね。あんなにムキになって怒るなんて……。」
短い沈黙の後、最初に口を開いたジャスティスは、
心底意外そうに言葉を漏らした。
確かにいくら勝気な彼女でも、
あそこまでむきになって怒ることは珍しい。
「どーせ、男女とか女のくせに凶暴だとか言われてたんだろ。」
「あの年で武者修行に出る奴だ。そんなところだろうな。
さて……俺もチョコボに警戒されてるし、よそでねぐらを見つけないとな。
じゃあ、また明日な。」
ルージュはそれだけ言うと、
アルテマ達が向かった方向とは真逆の方に歩いていく。
パーティがバラバラになるのはもちろん、単独行動も勧められることではない。
だが、まだ人間にすれば10歳の子供とはいえ、
このあたりの魔物にドラゴンを襲う馬鹿は居ない。
彼は安全といっても過言ではないだろう。
「や〜れやれ、お宿が決まったとたんにバ〜ラバラだねー。」
「半分はお前のせいだっつーの。」
火に油を注いだ張本人がおどけて肩をすくめてみせる。
ふざけた物言いだが、確かに彼女の言うとおりバラバラなのだ。
「今日に限って、何だかギスギスしてしまいましたね。」
「そうですね……。
ちゃんと、仲直りできるといいんですけど。」
先ほどの喧嘩の雰囲気が気になるのか、
ジャスティスはなんとなく晴れない顔でペリドに話を振った。
だが聞かれたペリドも思案顔で、はっきりとは答えない。
ほんの少しの価値観のずれが引き起こす、よくあるただの喧嘩なのだが。
しかし、こういう些細なことがきっかけで、
大きな溝が生まれることもまた、良くあることだ。
ポーモルも気になるらしく、黙ってアルテマ達が行った方向を見ている。
「あの……リトラさん。」
何かを思い立ったらしいペリドが、
遠慮がちながらもはっきりとした声でリトラを呼んだ。
まじめな彼女の硬い声に、
リトラも思うところがあるのか無視せずに振り返る。
「ん、どうしたんだよ。」
「アルテマさんに、後で謝った方がいいんじゃないですか?
ナハルティンさんもですけど。 」
2人を責めるわけではないが、
自分の意見ははっきりと通しておきたいと言う意思が見える声音。
彼女の気持ちが分からないほど、リトラは鈍くない。
だが、あっさり自分の非を認められるほど素直でもなく、
ふうっとため息をつき、アルテマたちが去った方向を見る。
「んー……ペリドちゃんが言うんじゃ、しょうがないかな〜。」
ペリドに甘いナハルティンは、
降参と言わんばかりにまた肩をすくめる。
非を認めているのかどうかは別として、変な意地やこだわりはないようだ。
「明日にはいつもどおりだろ?
って、思うけどな……。」
何の事はないはずの、小さな喧嘩。
だが、あのアルテマの剣幕が引っかかるのか、
その言葉は彼らしくない歯切れが悪かった。




結局、残ったメンバーもどうもギクシャクした雰囲気のまま、
リトラ達は夜を迎えてしまった。
食事も終わり、もう少ししたら見張りを1人残して眠る時間だ。
「大丈夫でしょうか……。」
「平気だろ?クークーもいるし。」
本心はともかく、口では明るくリトラは言うが、
それでもペリドの顔は浮かないままだ。
喧嘩したまま別行動となってしまったことが、
和を尊ぶ性質の彼女にはかなり気になるのだろう。
リトラに言わせれば、
いつまでも気にしたところで仕方がないものだと思うのだが。
「しかし、思えば野宿で別々に寝るなんて、初めてじゃないですか?」
「そういえばそうだなー。やんねーや。」
ジャスティスに言われて、
リトラはいまさらながらその事実に気がついた。
考えてみれば、人数の都合でテントを分けたことはあっても、
各々が離れた場所で夜を迎えたことはない。
「フツー、危ないからあんたらはやんないでしょ?」
「まーな。」
夜の少人数での行動は、言うまでもなく危険を伴う。
見かけの年齢が低い彼らは、それだけで大人以上に色々な脅威がよってくる。
ドラゴンのルージュが加わってからは、
彼の気配を恐れて弱い魔物はこなくなったが、
それでも全員が一斉に睡眠を取れるわけではない。
常に1人は起きて見張りに立たなくてはいけないが、
種族的にはリュフタ以外の全員が子供なので、
1人が長く起きていることはできない。
短い時間で次々に交代して、なおかつ最年少のフィアスには絶対に担当させない。
「ま、でも今日はチョコボと一緒だし、
少なくともうちらは危なくなってもすぐ動けるけどねー。」
気配に敏感な野生の動物は、危険をいち早く察してくれるし、
チョコボは群れなので外敵もあまりこない。
だから本当に、森の外れの方で寝ているアルテマ達が心配なのだ。
「問題はあいつらだよ。2人じゃ見張りもまともにできるかどうか怪しいぜ。
あ〜あ……いまさらだけど、あっちに様子見に行くかな。」
背に腹は代えられない。
あれくらいのことでこっちが謝るのはしゃくだが、
実年齢だけは11も年上なのだから、
こっちが譲っておいてでも連れてくるべきだろう。
もしも臆病なクークーよりも強い魔物が出てきたとしたら、彼らでは対処しきれない。
そう思って、リトラは立ち上がった。
「リトラさん?」
急に立ち上がったリトラに、ペリドが怪訝そうな声を上げる。
考えていることが全く予想できないわけではないだろうが、
うかがうようにリトラを見上げていた。
「すぐ戻ってくるから、お前らは寝とけ!」
そう言ってアルテマたちが行った方に行こうとした時、
意外な人物から制止がかかった。
「ちょーっとまって。幻獣にいかせなよ。」
「はぁ?なんで。」
突然妙なことを言われて、
リトラはおろかペリドもジャスティスも怪訝そうな顔つきになった。
「アタシもあんたも、こっから動くのは得策じゃないよん。
それに、どーせあんたのことだから、
ま〜た脳味噌筋肉女を怒らせるのがオ・チ。
見に行くだけなら、伝言持たせてお使いさせればいーでしょー?」
「……まぁ、そーだな。」
確かに、片方でもこの場を空けるのはよくないし、
まだ機嫌が悪いかもしれないアルテマと再び顔を合わせれば、
また喧嘩になる恐れがある。
ナハルティンが行ったところで結果は変わらないだろうし、
たぶんジャスティスでもダメだろう。
ここは、素直に彼女の勧めに従った方がよさそうだ。
リトラは呪文を唱え、チョコボを呼び出した。
「よぅ、何か用か?」
「ちょっとひとっ走りして、アルテマを呼んでこい。
顔はあったことあるから分かるだろ?」
リトラから指示を受けたチョコボは、
何だそんなことかと顔を緩ませる。
「あぁ、もちろん!それじゃ、行ってくるよ。」
そう言って、チョコボは走っていった。
元々、そう広くないこの森。
チョコボの足では、少々急ぎ足になるだけですぐに目的の場所に着く。
すぐにテントを見つけることができたので、
さっそく私的な知り合いでもある幻獣の名を呼ぶ。
「おーい、リュフター?」
「あ、リトラはんとこのやないか〜。どないしたん?」
呼ばれたリュフタは、テントとは違う方向から現れた。
多分、用があったか見回りをしていたかで、ちょっと離れていたのだろう。
「主人が、お前らに戻ってこいって言ってるんだよ。
だから、呼びに来たんだけど。」
短気な主人のことだ。
これくらいの用を早く済ませないと、ちょっと怒られるかもしれない。
と、言うのは建前で、本当は自分がさっさと帰りたかった。
血の気の多い彼にとって、おつかいは性に合わない。
「さいでっか。う〜ん……ちょっと待ってんか〜。
アルテマちゃんもフィアスちゃんも、もう寝てるはずやさかい。
起こさんと……。」
リュフタの方もそれを良く知っているので、
さっさとテントの入口の布をめくって、声をかけようとした。
と、気配に勘付いたアルテマが、
むくりと起き上がって不機嫌そうにこういった。
「言っとくけど、あたしは帰んないからね!」
「あーりゃりゃ、そーとーご機嫌斜めだな。」
これでは、早くも主人の命令を遂行できるかどうかが早くも怪しい。
チョコボは苦笑してしまった。
「せやなぁ……。
けどアルテマちゃん、いきなりそれはないやろ〜?」
「だ、だって……。」
リュフタも苦笑交じりになだめるが、
アルテマは怒っていながらもばつが悪そうに顔を背ける。
飛び出すように出てきた手前、
素直に戻るのも決まり悪いのだろう。
その気持ちは、チョコボもリュフタも分かる。
「まーまー。
主人だって、昼間はちょっと悪かったって思ってるって。」
チョコボはわざと軽い口調で、
アルテマをなだめようと試みる。
だが、アルテマはそっぽを向いたまま口を利こうともしない。
もう放っておいてくれと、態度で主張しているようだ。
チョコボにしてみれば、そっとしておいて上げたいのは山々だが、
それでは主人の命令は果たせない。
多少不本意でも、戻ってきてもらわなくては困る。
しかし、肝心の彼女はてこでも動きそうに無い。
困った挙句、チョコボは主人にテレパシーを飛ばした。

リトラたちも寝る支度をしていた頃。
「あー……すねてるって?」
チョコボが飛ばしてきたテレパシーを聞いたリトラは、
うんざりした様子でそう呟く。
その呟きを聞いたペリドが、気になったらしく起き上がってよってきた。
「やっぱり、だめなんですか?」
「みたいだな。分かってたけどよー……。」
チョコボにもう帰っていいというテレパシーを飛ばすと、
リトラは浅いため息をつく。
結局、無駄に魔法力を使っただけになってしまったが、仕方がないだろう。
「アルテマさん、ああいう時は意地っ張りみたいですから……。」
「まーな。ペリド、お前も起きてないでもう寝ろよ。
あいつらのことは気になるだろーけど、しょうがねぇ。」
「……そうですね。そうします。」
まだ気になるようだが、明日のことがある。
ペリドもそれは十分わかっているので、
見張りをリトラに任せて毛布に潜った。
ジャスティスやポーモル、それにナハルティンはもう寝ている。
リトラはそれを見届けると、テントの外に出て見張りを始めた。
退屈だが、これも安全確保のためだ。
明日になれば、また全員が合流していつも通りになるだろう。
「ほんっと……何がどうなるか、分かったもんじゃねーな。」
まだすねているであろうアルテマのことを考えた。
いつもは寝れば喧嘩なんて忘れるクチだが、
今日は意地になっているようだからわからない。
明日の朝も、まだ機嫌が悪いかもしれない。
意地っ張りと年下と女はめんどくさい。
リトラは、そう思わずにいられなかった。



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今回もなかなか書けませんでした。
不自然にならないように突飛な行動を取らせるのは大変です。
多分、まだアルテマの性格的に不自然なところがありますが、 今の技量ではこの程度がせいぜいです。
うちのキャラはみんな我が強いのでしょうか。思ったような展開に運ぼうとすると、時としてとても大変です。